ひょっとしたら?(1)

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 姥捨て山伝説や独居老人の孤独死などの記事に出会うととても心が痛む。また、チューブに繋がれて生きるのを良しとせず、あるがままに身を処し残りの生を心静かに味わおうと言う人が増えてきている。

 これってひょっとしたら、人はその時が来た気配を感じたら自らすすんでひとりで旅立ちたいと願っているのではないだろうか?

 あの姥捨て山や孤独死の老人、それにチューブを捨てた人達は自分の意思で生の道を選ぶのが可能なのだが、決然とではなく、ただぼんやりともういいだろうと思ったに違いないと、どうもそんな気がしてならない。
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テーマ : ひとりごとのようなもの - ジャンル : 日記