憂いは酒で流せ!

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  漢の武帝(紀元前100年前後)が東方への旅立ちの途中、函谷関付近で怪物に道を塞がれた。身のたけ数丈あり、牛に似て目は青く輝き、四本の足が土にめりこんでいてびくとも動かない。

  武帝の側近で博学、ユーモア、頓知に長けた東方朔が「酒を注ぎなさい」と言い、数十石注ぎ掛けると消えてしまった。

  武帝が「どうして?」とわけを尋ねると、曰く……

  「怪物の名は{患}で、憂い(うれい)から生ずるもの。なので、この地は秦の頃の監獄の跡などの、憂いが集まり積み重なった場所なのです」。

  「で、酒は憂いを忘れさせるから怪物は消え失せたものと思われます」と申し上げた。武帝は今さらながら東方朔の知識に目を開かされた。

  なお、東方朔には数多くの面白い逸話が残っていて、仙人とまで崇められた実在の人物。

  写真は東方朔の一つ {捜神記 巻11}より
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「平常生」

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  紀元前700年余り前の中国での話。山東省の穀城の町に「平常生」と言う名の人がいて、死んだり生きたりを繰り返していたらしいが、当時の人達は誰も信じてなかった。

  この人、洪水があった時、山頂に立ち;「平常生ここにあり!まだ雨はつづくが五日経てば止む」と大声で呼ばわった。

  水がひいた時、助かった人々は平常生にお礼を言いに山に登ったが、着物と杖と革のベルトだけが残っていた。人々は不思議に思い、きっと仙界の人に違いないと噂しあった。

  数十年のち、どこからともなく現われ、今度は陝西省の城門で番兵をつとめていたとの話が伝わっている。

「捜神記 巻1」より。

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天から銭を借りる話

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 大昔、中国の田舎に貧乏だが道義を愛する百姓の周さん夫婦がいた。ある時、周さんは畑作業で疲れ切り畔で横になり眠ってしまった。

 すると夢の中に天帝が現われ周さんを憐れみ「恵みを与えよ」と供の者に命じた。すると寿命を司る冥界の役人が閻魔帳を調べ、言った。

 この男の運命は今が盛りで上は望めない。ただ、張車子と言う者がいて、この人は銭一万貫を授かる運命になっている。ただ、まだ生まれていないのでとりあえずは周さんに貸すことにいたします。

 天帝はよろしいと言った。目をさました周さんは妻に話して聞かせた。以後、夫婦は仕事に精を出し一生懸命働くと働きに応じて面白いほど儲かってやがて蓄えは一万貫にもなった。

 これより先、張温という女が雇われ奉公にきていたが、いきずりの男と通じて身ごもり月満ちたので周さんに追い出された。

 その夜、女は軒先で男の子を産み落とした。周さんは憐れに思い粥を与え、名前をつけようか?と言うと女は天帝が現われ「張車子と名付けよ」とのことでしたと言う。

 周さんは以前の天帝の夢の話を思い出し、やっと悟ったのだった。わしの財産はこの子の物になるのだ!

 それ以後、周さんの家産は日に日に減り、張車子は大きくなって周さんよりも金持ちになった。

 写真は天帝

{捜神記 卷10}より

飛び帰ってくる銭

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 三国志の豪傑達が戦っていた時代。中国の南方に「青ふ」と呼ばれる虫がいて、セミに似ていてやや大きい。食べて美味。

 葉っぱに産みつけられた幼虫を取ろうとすると、親がすぐに飛んでくる。遠くにいても近くでも、又こっそり隠れて取ろうとしても必ずやってくる。超能力を持ってるらしい。

 この親虫の血を銭に塗って買い物をすると、渡した銭はみな飛び帰ってきて何度でも回転して使えて重宝する。

 前漢の「准南子」という本に記されている。なお、日本では「青ふ」は「かげろう」とされる。いつの時代でも貧乏人はこう言う事を夢想するもんだ!いじらしい。

 写真は「青ふ」の刻がある銭で「神銭」と呼ばれる。「青ふ」の「ふ」は虫扁に夫と書きます。(写真参照)

「捜神記 巻13」より

真心、天上に通ず

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 紀元370年の東晋の頃、楚僚と言う名の若者がいた。楚僚は幼い頃母を亡くし継母に育てられた。ある時、母にできものができ日ごとにやせ衰えていった。

 楚僚が膿を口で吸うと血が出だし、熱が下がり楽になって夜はぐっすり眠れるようになった。ある時、母の夢枕に一人の子供が現われ言うには・・・

 「もし、鯉を取ってきて食べさせれば病気はすぐに治るし、寿命も延ばすこともできるよ」と告げた。

 楚僚は母からこの話を聞いたが時は12月の厳寒期。それでもあきらめきれず氷の張った湖に身を横たえた。いつの間にか子供が現われ傍の氷を割った。

 すると割れた裂け目から二匹の鯉が勢いよく飛び出した。楚僚は小躍りして家に持ち帰り母に食べさすと、みるみる病気が治り、あげくに133歳まで長生きした。

 これは孝子の真心が天上の老天爺を感動させ、母子を助けたかもしれないとのうわさが広がった。

{捜神記 卷11}より

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