今日もウオーキング


パソコンが無くても、WordがiPad のアプリになり、中国語の勉強がスムースに移行できとても快適に楽しめる。今は雲南少数民族の郷土史に進んでる。

以前は中高生の作文で会話語をやってそこそこ手紙などこなせたので、今度はより専門的な単語が頻繁に出てくる郷土史にチャレンジしてみたい。なので、最初のターゲットはシーサンパンナ地方のものにした。これ楽しみなんだ。

写真は畑のソラマメ。順調に育ってる。
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独特の言い回し


中国雲南地方各地の郷土誌を見ていると時々独特の言い回しに出会う。

こんなのがある。「雲南へ来てもシーサンパンナを見なければ雲南へ来たことにならない」。

「シーサンパンナへ来てもカンランパを見なければシーサンパンナへ来たことにならない」との言い回しだ」。これ、いかにいいとこか?を強調する論法だ。

同じく徳宏地区の郷土誌には「雲南へ来ても瑞麗を見なければ雲南へ来たことにならない」。「瑞麗へ来ても弄島を見なければ瑞麗へ来たことにならない」と言った具合。

なお、カンランパは南国風の独特の雰囲気ある村で、弄島はミャンマーとの国境にまるで突き刺さった様に鋭く差し込む半島の先端にある村。

写真は弄島のミャンマーとの国境ゲート。

www001.upp.so-net.ne.jp/tamotsu2/32goupage.htm
これは「雲南桃源倶楽部報32号」の徳宏地区に関する私のホームページ記事です。なお、興味のある方は私のプロフィールにある三個のURLのどれかの一つからここへ飛んで行けます。

庶民レベルでは大の仲良しだがね…

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  10年余り昔、中国雲南シーサンパンナ州の景洪で中国人の友達の家に居候していた頃の話。友達のつてで200元でタクシーを雇い、ミャンマー国境すぐ傍のタイ族の村を訪問した。

  この運転手は話し上手で機転がよく、タイ語もでき、タイ族の家に上がって家の人との対話もスムースにはこびとても良い人だった。

  ところが、帰り道立ち寄った村の食堂で「何でもいいから好きなものを食べてもいいよ」と言ったら彼は大きな鯉を注文した。

  店主が見せに来た大きな鯉がはねて土間に落ち、取り押さえるのに大わらわ。そして大鍋に煮た鯉をまるまる一匹食べたのにはびっくりした。

  彼は恥も外聞もなくここぞ!と日頃の食い怨みを晴らしたみたいで、こちらも見ていて爽快だった。小旅行が終わり別れの時、私から200元を受け取りとても満足した顔で礼を行って帰っていった。

  良い人に当たって良かった!いい思い出でだ。今あの人はどうしているんかな?などと時々思う。尖閣でいがみあっている昨今だが、庶民レベルではとても仲良しなんだけれどね……

  なお、この村は旧日本軍が攻め、戦場の村だった事を後で知った。当時、あの人達はその事を一言も私には話さなかった。奥ゆかしい人達なのだ!

  写真は訪問したタイ族高床式住居と家族

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雲南タイ族の高床式住宅

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 台風で降ったり止んだりの雨。ベランダの物干し竿や高い所の植木鉢やすだれを全部下ろしたり、自転車のカバーをひもかけして飛ばないようにとひとしきり働く。

 一日中家で退屈なので久し振りに中国雲南ネタを書く。

 写真はミャンマーとの国境近く雲南シーサンパンナのタイ族の高床式住宅の内部。かれこれ7~8年前頃になろうか「雲南桃源倶楽部」の行事としてタイ族の高床式住宅へのスティを企画した。

 で、住宅の選定と地区政府と住人の承諾を得るべく当地を訪れた。数件の家々を見て歩いた内の一軒の内部の様子がこれ。

 どの家も雑然としていて誰もいなくて上がり放題、見放題。家そのものはかなり大きく涼しくて申し分ないが見ての通りのこの様子ではスティには無理。

 で、別の遠くの村々を見て歩き最終的に一番良いのを見つけて二年後にスティが実現したものだった。懐かしい。

 その後もあちこち少数民族の家々に登ったが、どの高床式住宅も熱帯にもかかわらず家の中は風通しがよく涼しくて快適に過ごせる造りになっていたものだ。さて、今はどうなっているかしらん。

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一人ぼっちの寂しさ

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 小学生の頃、毎日友達と一緒に学校へ行く道に日の射さない小さな露地があった。ある日、露地の前を通ると入り口にお婆さんがいて私を見て頭を下げ微かに笑った。私も微笑みをかえした。でもろうそくの匂いが漂ってきて何だか怖くなった。

 家に帰ってママに聞くと;「文化大革命の時に亡くなったお婆さんの旦那さんを祀るろうそく」だと教えてくれた。そして子供達は親不孝者で皆家を離れ一人ぼっちなのだそうだ。

 いつも気にかかっていたある日、思い切ってお婆さんの家を訪ねてみた。するといぶかし気ながらも微笑んで迎えてくれた。

 私は家の掃除や庭の片付けをし、ご飯を炊いてあげて一緒に食べた。するとお婆さんは涙を流して私に抱きつき;「貴生!貴生!」と言った。私も目が潤んできた。私にはその意味が分からなかったが、身内の人の名前だと推測できた。

 ママに聞くと数年前に亡くなった孫の名でお前を孫と思ったのだろうと話してくれた。お婆さんは何年も人と話すこともなく寂しくきっと愛情に飢えているのだ!

 私は友達たちを誘って組織を作り、皆でいつもお婆さんを手助けした。水汲みや庭掃除、洗濯炊事など等。ある時、庭に一株の赤い花を植えた時、お婆さんは涙を流し、ありがとう、ありがとうと何度もお礼を言った。

{これは「雲南省中学生の優秀作文選」にあった作文の要旨で、題名は「まことの心を探す」。老人であれ、若者であれ、ひとりぼっちの寂しさは体験した者でしか分からない深みが感じられる作文ではある}

 写真は「胡同」と呼ばれる中国の露地

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