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私の菜根譚 聖なるもの

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  ガード下で店を開いても客が行列をなすのは、味が騒音を消すからだ。
  お坊さんでも聖なるお堂で屁をひく。ましてや俗人もひるむことなし。

{原文}
   水流而境無声、得処喧見寂之趣;
   山高而雲不碍、悟出有入無之机。
                    (菜根譚 後36)
{訳}
   渓流のさらさら流れる水音は、両岸に住む人にはことさらには聞こえない。ここから、騒がしい中にいても静寂を見出すことができるのが分かる。

   山が高く聳え立っていても雲の去来を妨げることはない。ここから、俗世にいても誘惑に溺れず悟りを開く妨げにはならない。

(久米仙人)
   我と俗人とは類を同じく白いはぎには弱い。でも、ただ違うのは俗人は霞を食って生きられないのだ。

写真は嵐山の羅漢
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テーマ : どうでもいいこと。 - ジャンル : 日記

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